いかぞ徒然。

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help リーダーに追加 RSS 色々と怖いこと。

<<   作成日時 : 2008/07/05 01:27   >>

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今日(4日)、そろそろ会社から帰ろうかな〜という時に、社内で注意喚起のお知らせがまわりました。
なんでも、大手町界隈における殺人予告が出たので、帰宅時間帯でもあるから念のため注意するように・・・とのことで。
いかぞは大手町駅で乗換えなので、万一巻き込まれても怖いので、ちょっと残業して帰りました(^_^;)

どうやら予告は、やっぱりネット上の掲示板か何かのようで。
ネット上のニュースなどにも出ていませんし、多分いたずらだったんでしょうけれどね〜。
秋葉原の事件以来、ちょっと模倣的な犯罪が増えていますね。

生きていれば、色々と頭にくることやストレスがたまることがあるのは大なり小なり誰にでもあることです。
でもそれを、人を傷つけたり殺すことで発散する気持ちがいかぞには分かりません。

いや、正確には、ちょっとくらいは分かるところは、いかぞを含め誰にでもあるかもしれません。

歩きタバコをする人とか、満員電車で大きなバックパックを背負っている人とか、傘を危ない持ち方している人とか、細い道いっぱいに数人で広がっておしゃべりして行く手を阻む人とか・・・
イラっときて怒りをぶつけたくなる人っていますよ。
そういう人に関わってしまったとき、自分に余裕がないと、思わず後から蹴飛ばしたくなるような気持ちにだってなります。

でも、本当に相手が傷つくようなことまではしないのって、それを自分がされたら痛いって想像できるからじゃないんですかね?
刃物や銃器を向けられたらどれだけ怖いか、刺されたらどれだけ痛いか、血が流れるところを想像したら・・・
『相手』で想像できなくたって、自分がそうなったらどんなに辛いかと思うだけでも。
そういう想像って、普通自分の中の怒りを発散させたい欲求に強くブレーキかけてくれるものじゃないんでしょうか。

なんでそういう想像力がない人が増えてしまったんでしょう?



怖いこと続きで。

最近考えさせられることが、鳩山法務大臣に対する某新聞社の「死神」発言です。

いかぞは正直、死刑廃止論者です。
でも、大臣を死神だとは思いません。

刑の執行と、死刑廃止論と、加害者の人権と、加害者の更正と、被害者家族のケア。
これは全て、深く関わっていても、基本的に出来る限り別個のものとして扱わなければならないものだと思うのです。

もちろん、法のことは詳しくないので、素人考えですが。


まず死刑廃止論。
これは、倫理上の考え方の問題です。
ある罪に対して、最大刑罰を死刑とすることが、人権を考える上で正しいことなのか。
残酷すぎないのか。

被害者の心を考えると、死刑はあったほうがいいという考えも分かります。
いかぞだって、大事な人が殺されたりしたら、その犯人も同じ目に合うといいと思ってしまうかもしれません。
でも、被害者の家族の心は、本当にここで考えるべきなのかどうかということも疑問に思うのです。
被害者の家族の方々が相手を憎むのは自由であり、当然の権利です。
でも、それに対して国が反応するのは、行為に対する刑罰ではなく、国が復讐を代行することになってしまうのではないでしょうか。

例えば被害者やその家族の方を過剰な報道から守るとか、加害者の情報を得る権利を(加害者の年齢に関わらず)認めるとか、もっともっとケアが必要な部分はあると思います。

ですが、あくまで量刑は、その犯した罪のみと紐付けされているべきなのではないのかな、と思うのです。
逆に、その加害者が未成年であっても。
「更正の可能性」があろうがなかろうが、更正を優先させるべきという理由がはっきりとしているのでなければ(あまりに幼くて犯した行為に対する善悪の判断が全く出来ていなかったとか)、未成年であっても、成年と同様犯した罪に対する刑を受けるべきなのではないのかな、といかぞは思います。


そして、今回問題になった刑の執行について。
いかぞと同じように、死刑を反対だと考える人はいるでしょう。
反対に、必要だと考える人もいるでしょう。

でもそれは、すでに存在する法に対しての論議です。
変えることが必要か、必要でないのか。
そこへの問題提起であり、現存する法で決められていることが自分の持つ意見と異なるからといって無視していいということではないと思うのです。

刑の執行が大臣の認可によって行われるということは、××日で刑執行とは決まっていないわけですよね?
つまり同じような罪を犯した人が2人いたとしても、大臣の気持ちで、下手をすれば年単位で生きることの出来る時間に差が出来てしまうということですよね。
これは不公平ではないのでしょうか?

ある間違いを犯したときに受ける罰は、その間違いの背景等を考慮した上で同等の罪と認められるならば、その刑罰も同等であるべきだといかぞは思うんです。
もちろん、それを言い始めると、裁判官など法に携わる方々のそれぞれの考え方や裁判の流れなども影響するのだから、厳密に同じ罰を受けるということは難しいといわざるを得ないのでしょうが・・・

それでも、法の上の平等の下に決定した事項に対して、それを執行するかどうかの時点で差が出てしまうのは、いいことだとは思えないのです。

何もかも決まりどおりということがいい訳ではないのかもしれませんが、複雑な分野であるだけに、下手なループホールや曖昧さがある部分で格差が出るのはいいことではないと思うのですが・・・皆さんはどう思いますか?



それではまた。

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