いかぞ徒然。(tCoNS統合)

アクセスカウンタ

zoom RSS 映画ハリーポッター8作目を観ました〜。

<<   作成日時 : 2011/08/18 03:12   >>

面白い ブログ気持玉 1 / トラックバック 0 / コメント 4

今日やっと、映画ハリーポッター8作目"Harry Potter and the Deathly Hallows Part2"を観てきました〜。
すごくよかったです!

今回は、完全に『映画版』の方向で作った勝利、という感じですね。
コアな部分で原作と違う設定にしたからこそ、2時間半に収めてすっきりと仕上がったように思います。
いかぞは超原作至上主義ですが、原作どおり作っていたら今回の5時間でもまったく収まらなかったでしょう。


もう今回、観ながらぼろ泣きしました。

Prince's taleの部分は、すごかったですね。
知っていたはずなのに、映像の説得力がもう・・・。
ぼろぼろと涙が止まりませんでした。

ちょっと、LilyがHarryに語りかけるシーンはSnapeが見ていなかったはずなのにどうして記憶に含まれているんだろうとか、なんで記憶が涙なんだろうとか、不思議な部分はありましたが。
でも、全体としてものすごく感動しました。


原作を読んだときも思ったのですが・・・
Dumbledoreは、最終的にHarryは本当には死なないですむかもしれないということを、きちんとSnapeに言ったのでしょうか。

少なくとも、あの記憶"You have been rasing him to be slaughtered like a pig..."(豚のように殺すために育てていたというのか・・・)というようなせりふを言うところまでは、本当に何も明かさずにいたと思うんですよね。
それでもさらにその後、Snapeになにも説明しなかったのならば、それはかなりひどいような気もします。
というより、LilyのためにHarryを生かし続けたかったSnapeが、大義のためにHarryを死なせることに納得するとは思えないので・・・

これも、Dumbledoreの計画のひとつだったのかな、という気がします。
記憶となる、本気の怒りと悲しみの感情を伴ったSnapeの『過去の一場面』を作る。
その上で、直後に実際はそれ(Voldemortに直接殺されること)が唯一Harryの命を救う手段であることを教え、Snapeに今の記憶を必要なときに確実にHarryに見せるように命じる。

事実を知った上での作られた会話での偽の記憶よりも、この感情を含めた記憶は『その時点で真実であった』分、はるかに説得力があるでしょうから。

ただ、すべてを完全に説明したかどうかというと、それはそれで疑問ですが。
Dumbledoreの性格を考えると、『知らない人間が少ないほうがいい』と決めた知識については、かなり口が堅かったでしょうから・・・Snapeの信頼をギリギリの線まで利用した気がします。
「詳しくは言えないが、それはお互いの安全のためだ。ただ、これがHarryが助かりすべてを終わらせる唯一の方法だ」というような説得で丸め込んだのではないかなぁと。

そのあたり、原作同様に説明がなかったのはよかったな、と思います。
あれだけSnapeの真実が暴かれながらも、それでも想像の余地が大きく残るというのはかなり楽しいので。


そういえば、Snapeの殺され方が変わるとニュースで見た覚えがあったのですが、変わったのは場所で、特に流れに変更はありませんでしたね。
Harryが分かったと言ったとき、いかぞは観ながら「どこそれ!」と思いましたが(笑)。


ところで。
映画版として変更した設定のなかで何より鍵となっていたのは、『VoldemortはHorcruxが破壊されるとそれを感じることができる』という部分でしょう。

原作では、彼はそれを感じることはできません。
ある意味、『感じることができない』という部分が鍵なのです。
なぜなら、原作では『Horcruxを作った』時にすでにその分離した魂の一部は本体からは本当の意味で『離れた』状態になっていて、『生きる』という意味での碇という役割を果たす代わりに、(その行動を後悔しない限り)すでに本体から欠けたものであるのですから。
すでに過去の時点で欠け、いまさらなくなっても気づくことのできないものだったわけです。
だからこそ原作では、はじめから最後まで、Voldemortの『狂った』状態の程度は、まったく変化しないのです。

Harryの行動がギリギリまでVoldemortに悟られなかった理由もこの部分が重要な要因となっていますし、だからこそ他のHorcruxをチェックしている間に、ギリギリまでHogwartsにいることを悟られないように行動することができたわけです。

ですが、映画では、Horcruxの状態にある魂は、Voldemortの『一部』としてある程度の役割を果たしているようでした。
それによって、1つ1つHorcruxが壊されるたびに、Voldemortはそれを感じ、死への恐怖が高まっていく。
さらにVoldemortの『一部』が死ぬことで精神状態は不安定さを増し、Death Eaterたちから見ても『狂っている』としか見えないような行動が増えていく。

そしてHarry自身も、リンクを通してVoldemortがHorcruxが壊されたことに気づいていることを、『後でチェックしている状態』ではなく『リアルタイム』に思い知らされる。

つまりは、双方向でタイムアタックの状態にあるのような効果が生まれたわけです。

この設定の変更は映画の終盤でかなり生きていましたが、それがもっとも効果的だったのがクライマックス。
NevilleがNaginiをきった瞬間に、戦いの最中だったHarryとVoldemortがそれに気づく・・・そこからVoldemortの最期までの流れは、静なる戦いだった原作と違った意味でドラマチックでした。

映像でその部分を現すとなると、かなり大変だったことでしょう。
原作の、Kings Crossからあとの悟りを開いたようなHarryの静かな戦いはとても格好良くて好きなのですが、ホールの中心でグルグル回りながらず〜〜〜っとしゃべっているというのは、確かに映画向きではないとも思いますから。

この部分は、本当にうまいな〜と思いました。

ただ残念だったのは、この流れでHarryの戦いもNevilleのNagini倒しも、それを目撃した人たちがほとんどいなかったことですね。
特にVoldemortの最期は、RonやHermioneくらいには見届けてほしかったな。


さらに、もう1つ。
Diademについても、うまかったですね。

6作目の展開で、HarryがPotionsの教科書を隠すときに、まったくDiademが見当たらなかったので、どうするのかな〜とは思っていたのですが・・・

どこにあるかまったく気づいていなかったからこそ、もうすっかり全部Grey Ladyに説明させてしまったのはよかったと思います。
さらに言うなら、秘密のあるGrey Ladyに、学校でいじめられていたLunaが優しくしていたというのも説得力があってよかったですね。
Lunaが自然にヒントを出す立場にあったおかげで、原作ではあんなにジリジリと長かったDiadem探しがすっきりとまとまっていました。
その上で、原作と違ってHarryの取った行動がTomとまったく同じものとなったというこの結果も、皮肉かつドラマチックでよかったです。
原作では、どちらかというとGrey Ladyの良心に訴えたという感じでしたね。

とはいえ、Grey LadyがなぜDiademを壊したがっていたかは、原作を読んでいないとまったく分からないんじゃないかしら?
彼女の罪悪感にTomがつけこんだところの説明を入れていたほうが、今回のHarryの行動をさらに際立たせてよかったんじゃないかなぁと思うのですが。

それにしてもDiadem。
まさか箱にしっかり入っていたとは(笑)。
像の頭に載っていたんじゃなかったのか〜。


さて。

これだけ原作と色々と異なるので、やっぱり良きにしろ悪きにしろ、突っ込みどころもいっぱいありました。


1つは、Ollivanderとの会話。

う〜ん、ここはちょっと納得がいかなかったかな・・・
いかぞの中でOllivanderは、本当に杖マニア、という印象なんですよね。
だからこそ、Death Stickのことは知っていてもHallowsのことをまったく知らない。

だから、杖については『知らないふり』をしないと思うのですよ。
Voldemortに知っていることを話したことに罪悪感とおびえを感じていても、知識を持っているそのこと自身におびえを感じるような人ではないと思うので。
研究者気質の、「知識を悪用する人が悪いのであって、(悪いことにしか転用できなそうな技術でも)開発や研究自体に罪はない」と思うタイプの人、という感じなのです。

HarryがKings Crossのシーンで、自らすべてをすっかり悟るためのきっかけの一端がここにあるという、重要な会話だと思うのですが・・・
杖がどう『主』を決めるのか。
Dracoの杖がHarryを主と認めた部分は説明されていましたが、主が変わるには必ずしも元の主を殺す必要はないことなど、かなり重要な説明も省かれていたなぁという印象です。

おかげで、『HallowsよりもHorcruxes』というHarryの重要な決断が、かなり軽かったですね。
Dobbyの死がこれによって少々軽いものになってしまったのがちょっと残念です。
まあ、The Battle of Hogwartsに至るまでの場面がかなりダイジェストっぽい速い進みだったので、今回の映画はあくまで『Hogwartsでの出来事』が中心の話だというつくりだったのかもしれません。
Dobbyのことについて引きずるには、作品がちょうど2つに分かれてしまった場面ですしね。


銀行襲撃のシーンで、ドラゴンに乗って脱出することを思いつくのがHermioneだったのは面白かったですね。
今回、HarryはもちろんRonにも見せ場があったので、バランス的にここでHermioneを活躍させたのかな(笑)。
でもどちらかというと、彼女の活躍はここよりBellatrixへの変身だったと思います。

いや〜、Bellatrix役の人、「Hermione風に演じる」のがうまいですね(笑)。
あの格好なのに、かわいいと思っちゃいました。


Aberforthに躊躇せずHorcruxの話をしてしまったのも、ちょっと納得いかなかったかな。
「何があってもRonとHermione以外には話さない」というのは、この戦いでのかなり重要なポイントであったと思うので。
Dumbledoreの弟だからということで話すことを判断した設定にしたのでしょうが、彼に話せるくらいなら、RemusにだってWeasley一家にだって話しても問題がなかったことになってしまいます。


それと、Chamber of Secrets。

こちらは別に隠す理由はないのでHarryに言って行くのは別にいいんですが(Diadem探しを短くしたために、その分原作どおり迷子状態を作る必要がなかったためでしょうから)、Harry、「じゃあそっちは任せた!」って・・・
Ronが、HarryがしゃべっていたParseltongue(蛇の言葉)で『開け』をどう発音するかを覚えていたからいいものの、覚えていなかったらどうするつもりだったんだろう(笑)。

この後の、実際に部屋にBasiliskの牙を取りにいくシーンがあったのはよかったですね。
RonとHermioneの行動が、なんだか原作には書かなかったサイドストーリーを見せてもらっているようで楽しかったです。

しかし、キスシーンそこでくるか・・・!
KreacherのエピソードをPart1から丸削りだったからですかね〜(ここでキスする理由がなくなっちゃった?)。

確かにHermioneがHorcruxを壊した直後のキスは説得力があるんですが・・・
2人っきりでそんな場所でしてしまったおかげで、ツ ッ コ ミ み が い な い!!!(笑)
観ながら頭の中で、"Oi ! There is a war going on here !"とHarryに変わって突っ込んでおきました。
(たぶん原作を読んだ人は頭の中でHarryの声がしたことでしょう)

まあでも、「今かよ!?」と言うと、シチュエーション的に、「今かもね〜」とも思ったり(笑)。


各々の死を見せるシーンが原作に比べてかなり短かく感じたのは、子供もいっぱい観る作品だからでしょうか。
RemusとTonksの死を迎える直前のシーンはよかったですね。

ただ、Fredの死がなんだかよく分からなかったです。
気がついたら死んでいたという感じで・・・
あの爆発の場面がきちんとなかったのは、Percyのエピソードが5巻からほとんどなかったせいでしょうか?


Harryが森へ向かう前、Ronたちに言っていくのは、ちょっとなかったほうがよかったなぁと思います。
HermioneたちはHarryを止めませんでしたが、違和感を感じました。
たぶん、これは止めても止めなくても違和感を感じるんだと思います。

止めてほしい・・・でも止められてはいけない、という複雑な感情の上でのHarryの誰にも会わず死へ向かう決意は、映画でもそのままにしておいてほしかったなぁと思います。


そして、King's Cross。
短い!!!
Dumbledore、なんも語っていない・・・(泣)。

これは、Harryがここですべてを悟らない設定にしたせいですかね。
でも、すべてを悟ることは、そもそもHarryが汽車に乗らずに『戻って』くるための原動力の一つになっていたはずだと思うんです。
そもそも、Death Stickの説明がここでなかったせいで、Snapeに自分を殺させた理由の大きな1つがまったくなくなってしまいました。

それに加え、もう1つの理由である「Snape自身の命を助ける」ことも、6巻でのNarcissaとのUnbreakable Vowについて覚えていなければ気づかないという・・・

なぜSnapeはDumbledoreを殺したのかというと、それはDumbledore自身の命令だったから。
そこは説明されることでSnapeの行動はすべて明らかになったのですが、ではなぜDumbledoreはSnapeにそれを命じたのか・・・という大切な部分の説明がかなりあいまいになってしまった気がします。

まあでも、映画としてはこれまたせりふだけで進むシーンになってしまうので、長くはできなかったのでしょうか。

あ、そういえば全然関係ありませんが、起きたときHarryは素っ裸じゃなかったですね(笑)。


そういえば、映画の内容自体とは違う話なのですが・・・
ふと字幕に目が行ったときに気づいたのですが、Lunaってずっとあんな変な言葉遣いになっていました?
「モン」って(^_^;)

いかぞの中では、Lunaは声がドリーミーなだけで言葉遣いがおかしいイメージはないので、気づいてちょっと噴出しそうになりました。
なんというか、あの戦場カメラマンの人みたいにふわ〜〜っとゆっくりしゃべる(とはいえあそこまでゆっくりではないイメージ)けれど、言葉はきれいな印象なのですよ。
実際、映画内での台詞でもそんな感じですし。
言葉遣いがおかしいというより、ちょっと時間の経ち方が他の人と違うタイプの子っていうイメージなんだけどなぁ。

基本的にハリポタは画面の中の人の表情や周りを見ることに忙しくてあまり字幕は観ないのですが・・・
なんか、観るたびに不思議な言葉遣いを見かける気がします。
Snapeの我輩とか(笑)。


Griphookが敬語で書かれているのを見た時も、違和感を感じました。
ゴブリン・・・敬語のイメージじゃないわ〜。

Griphookといえば、パンフレットを見て知ったのですが。
Flitwick先生と同じ人が演じられていたんですね。
小柄な方のなかで演技が特にうまい俳優さんなんでしょうね。


あ、そうそう、ストーリーから離れたところでもう1つ。

スタッフロールを観ていたんですが、はじめのほうの1人ずつの紹介が終わった後の、流れるスタッフロール部分で。
役者の名前の書き順が、「登場した順」になっていましたね。
結果、Voldemortが一番上に来るという・・・
・・・主役みたいじゃないか(笑)。


というわけで。
結構長い感想になってしまいましたね。
細かく言いたいことはまだいっぱいあるんですが(^_^;)
すでに、色々と書きすぎてまとまりがない状態になってしまったので、このあたりにしておきます。

それにしても・・・
終わってしまったなぁ、という感じです。

主役3人も含め、8作品に関わってこられた役者さん・スタッフの皆さんには、ありがとうと言いたい気持ちです。
原作ファンとしては多少なり不満なところもあったとはいえ、映像が本を読む上での世界観にさらに広がりを与えたのは間違いないと思います。

これからさき、新しいハリポタ映画がもう出ることがないのは残念ですが・・・

まあでも、今はPOTTERMOREがこれから始まるところなので、これでハリポタの世界がすべて終了というわけではありませんね。
どちらかというと、お祭りはまたこれから(笑)。

いずれまたフロリダに行くことができたときには、The Wizarding World of Harry Potterも行きたいですしね〜。


まだまだハリポタは終わらない!


それではまた。




テーマ

注目テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ
気持玉数 : 1
面白い

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
感想UPありがとうございますー。

私も、この最終作、すごくよくできていたと思います。
うまくまとめてあって、わかりやすくて。

モリーおばさんとベラトリックスの対決の迫力もよかったし、フレッドの死を悲しむジョージとロンに泣けました

(ベラトリックスにしてもヴォルデモートにしても、最後は粉々になるのが、少し?ですが・・・。)

私は、ハリーが森に入って行くとき、ハーマイオニーとロンに会うところは、好きです。
原作を読んだときも「ひとこと言っていけばいいのに」って思ったので。。

ひとつだけ残念だったのは、ニワトコの杖で自分の杖を直さなかったところ、かな。

いきなり割って投げ捨てちゃって、ちょっとビックリしました。

先生たちが、保護呪文をホグワーツにかけて、ホグワーツが金色のヴェールに包まれていくところは、鳥肌たちました。
守ると共に、戦闘の覚悟を固めたのが、よくわかってよかったです。
マクゴナガル先生が、率先してハリーを守ったのも、涙が出ちゃったです。

自分のブログにも、自分の感想を、そのうちまとめてみようと思います。

あと、いかぞさん、サイトからメール送りました。
いかぞさん、お忙しい身だと思いますので、暇なときにでも、見てくださいませ
まりっぺ
2011/08/20 13:11
>まりっぺ さん

こんにちは。
コメントありがとうございます!

私は、「杖を直さない」ということ自体をありえないものと思っていたので、HarryはHermioneとRonに会う前に1人で校長室に行ってDumbledoreと話し、そこで杖を直したんだと勝手に補完して納得しました(笑)。
いや本当に、あの杖を直さなかったという変更だけは絶対に受け入れられませんので。
折ったこと自体は…うーん、いっそ折るなら原書のHarryの方が折るべきだったなと思います。
映画と違って、衆目の元で「自分が杖のマスターだ!」なんて言ってしまっていたので、Dumbledoreの墓に戻しても狙われるんじゃ…と思ってしまったので。

Mollyの戦いは素晴らしかったですが、倒した後に勝ち誇った笑顔だったことには私は違和感を感じてしまいました。
戦いの高揚感はあっても、Mollyなら喜ばない気がして。

私も、金色のヴェールに包まれていくところは感動しました。
それぞれのHogwartsスタッフや生徒たちの戦い方も、原書にない細かい部分が映像化されていてよかったですね。
Nevilleが蛇の件だけでなく、いずれ結界が壊れるのを見越して、ギリギリまで囮になっていたのも格好良かったですし。

いや〜もう、一度感想を書ききっても、同じハリポタファンと話してしまうと言いたいことがいっぱい出てきちゃいますね(笑)。

まりっぺさんがブログに感想を書かれたら、ぜひ読ませていただきます。

それではまた。
いかぞ(管理人)
2011/08/24 23:34
初めまして。長いこと読み逃げしておりましたが、日本語版でしか読んでいない者より、ぜひいかぞさんにお伝えしたい!!日本語版の本が「我輩」「モン」なんです。「〜〜なんだモ」ンすら付かないセリフもあったような気がします。
日本語版しか読んでいなくても、なんか違う?と思いましたよ、この口調。やはり作者本人の言葉で読むのが一番ですよね。
大した内容ではなくてすみません。
お忙しい毎日だと思いますがお体に気をつけて下さいね。
mizuki
2011/09/09 23:01
>mizuki さん

はじめまして。
コメントをありがとうございます。
これまでもこちらにご訪問いただいていたんですね。
ありがとうございます。

なるほど、Lunaは日本語では「〜モン」と話すのですか…原書では全体的に、若いキャラクターは皆自然な現代的な口語なので、なんだか不思議な感じがしますね。
「我輩」は日本語版1巻を少し立ち読みしたことがあったので知っていましたが。
Dumbledoreも水戸黄門のような口調だった覚えがあります(いかぞ的にはもっと立場の高い、略語を使わない口調の固さのある人と言うイメージなのですが…結末から言うあたりヨーダっぽいです)。
きっと、翻訳の方にとって、Harry Potterのキャラクターはそういう印象ということなのでしょうね。
案外、言語の体系がまったく違うような国では、原書とは少しキャラクター色が違う色々なキャラクターたちがいるのかもしれませんね。
いかぞ(管理人)
2011/09/10 22:28

コメントする help

ニックネーム
本 文

目次

Harry Potter Index
相棒 Index
Disney Index




映画ハリーポッター8作目を観ました〜。 いかぞ徒然。(tCoNS統合)/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる